京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

中島敦『山月記』を音読して、号泣。

こんにちは。
毬紗です。


何年かに一度読んでしまう本があります。

夭折の小説家中島敦『李陵・山月記』です。

幼年期から家庭に恵まれず、喘息の宿痾(しゅくあ。持病のこと)に苦しみ、33歳で身罷(みまか)りました。


*『山月記』だけでしたら、キンドルでは無料で読めます。

『山月記』は11ページほどの短編です。

文章の練習に書き写したあとで、音読しました。

しかも読みながら、号泣しました。


高名な詩人に憧れつつも、虎になった李徴が、旧友の遠傪に嘆きます。

長くなりますが、一部を引用しますね。

時に、残月、光冷やかに、白露は地に滋(しげ)く、樹間を渡る冷風は既に暁の近きを告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の声は再び続ける。

何故こんな運命になったのか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当たることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才と言われた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。又、己の珠なるべきを信じるが故に、碌々(ろくろく)として瓦(瓦は凡才の暗喩)に伍することも出来なかった。

*本ではフリガナと脚注がしっかり入っていますので、かなり読みやすいです。


せつない。

「日本画家あるある」ではないですか。

巨大な竜のごとく才能があるかもしれないと得意満々になってみたり、いや自分は凡人だと嘆いたり。

知り合いの画家さんや、自分の若い頃の、どうしようも無い自負心との戦いを思い出し、音読しながら、次第に嗚咽が止まらなくなりました。


このあとは、さらにせつないのですが、ネタバレになるので原文でお読みください。

読みにくい文章のように見えますが、声に出してみると、とても美しい文体であることに気づきます。


我が家の桃の木にも鶯が来ます。