京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

その人にしか、描けないもの。

こんにちは。
毬紗です。


子供の頃の思い出の中に、その人にとって一番大切なモチーフがあることを、いつも伝えています。

様々な芸術家の本から学んだ知恵でしたが、私自身が痛感することでもあります。


京都の盆地で育った私にとって、「海」は縁遠いモチーフです。

観光で見た海しか知りません。

ですので、これまでに海を描いたことは、一度だけです。

中学3年生の美術部の活動で、50号の画面一面に海を描いたときに、

「どれだけ時間をかけても、私には海は描けない。海というモチーフを、大和絵風のきれいな色で塗ることしかできない」

と気づきました。

中学1年生から、美術高校の受験準備をしていたので、美術館に通いつめた目は、自分の絵のダメさが分かる程度には肥えています。


東山魁夷『日本の美を求めて』を読んでいると、その人にしか描けないものがあると、痛感します。

神戸で少年期を送り、よく須磨の海で泳いだり、淡路島で夏を過ごした私は、海に親しむ機会に恵まれていた。夜明けの空が水平線の近くで茜色に染まり、万物の生命の象徴としての太陽が、若々しく生まれ出でる荘厳な一瞬。磯の近くは澄んだ緑色に、遠くの沖のほうは青く塗り別けられた海面を、白い縞模様を幾段にも描いて波頭が打ち寄せて来る真昼。空も海も透明な薄紫に沈んで、宵の明星が刻々と輝きを増す砂浜の静寂。暗黒の沖に点々と漁火が並び、渚に砕ける波が燐光を放つ夜—— それらは今でも生き生きとした情景となって私の中に残っている。少年の私は海の風景を観察しているというよりは、海と私との鼓動が一つになっていたに違いない。

東山魁夷『日本の美を求めて』講談社学術文庫より

この後も、海についての記述が続きます。

私には、このように語る海の体験がないと、東山魁夷の海を知ることで分かります。

語れないものは、描けません。

東山魁夷の、生命の躍動に満ちた海は、私の中で、やんごとなき姫君が憧れた、やまと絵風の海に変化していきます。



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東山魁夷《満ち来る潮》1970年 山種美術館蔵