京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

平安時代の霜は「置く」。

こんにちは。
毬紗です。


百人一首で遊んでいると、「霜を置く」という表現が目につきます。

心あてに 折らばや折らむ 初霜の
おきまどはせる 白菊の花 
凡河内躬恒(おおしこうちのみつね) 『古今集』


かささぎの 渡せる橋に 置く霜の
白きをみれば 夜ぞ更けにける
中納言家持(大伴家持)『新古今集』


現代では「霜が降る」「霜が降りる」と表現しますよね。

ですが、やまと言葉では「霜を置く」(「霜を結ぶ」もあります)が一般的なのです。


以下は、凡河内躬恒の歌の説明です。

「心あてに」は、あて推量で「なんとなく」という意味です。

「折らばや折らん」は、「もし折るのなら、折ってみようか」。

ファジーな人が詠んだ雰囲気ですね…。

「初霜のおきまどわせる」は「初霜が降りて紛らわしい」です。

何が紛らわしいかというと「白菊の花」と。

「初霜を白菊と間違えそうです」ということですが、菊の背丈を考えると、間違えそうにありませんね。

完全にファンタジーです。


凡河内躬恒の和歌が掲載されている『古今集』は、醍醐天皇が平安時代の延期5年(905年)に命じた勅撰和歌集です。

凡河内躬恒は下級役人でありましたが、和歌の才能があり、宴席で重宝されて、めきめきと出世します。

紀貫之と並んで『古今集』の撰者になりました。

三十六歌仙の1人でもあります。


ずば抜けた才能があると、どの時代でも出世しますね。

『古今集』は『万葉集』に比べると、人間の思いを直接的に語るのではなく、風景や花に託しています。

「もののあわれ」を知る、貴族文化の香りがします。