京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

わが師、白洲正子。

こんにちは。
毬紗です。


数学やIT関連の本を読んでいる息抜きに、随筆家・白洲正子さん(しらす まさこ、1910 - 1998年)の本を手にしていました。

若い頃からの愛読書に書かれている文字は、すっと目に入ってきます。

夢中で読んだ20歳の心に戻ります。

白洲正子さんの本から、骨董を知り、西行、能、華道、浅川巧、柳宗悦と、興味が広がっていきました。

小林秀雄ファンだったのも、大きいです。

彼が可愛がった女性は、どんな趣味の人なのだろうと、興味津々でした。

そして、憧れの女性になりました。

「私は白洲正子になりたい」と、骨董の勉強のために、新門前(骨董屋さんが集まる通り)にドキドキしながら出かけました。

お店の方からすれば、

「まだ若いお嬢ちゃんが、なにしにきはったん」

と可笑しかったでしょう。

家にも骨董はありましたが、私なりの「白洲正子風」の骨董を見たかったのです。


なかでも『遊鬼 わが師、わが友』は繰り返し読みました。



「地下人(じげびと。殿上人ではない人のこと)」という公家言葉を知ったのも、この本からです。

財政が厳しかったお公家さんの逸話を知ったのも、この本から。

家の近所の「寺町」が出てきます。

そこで、貧しいけれど体裁を保ちたいお公家さんと、内情を知りつつも小芝居に付き合う町衆の、漫才のようなやりとりが展開されます。

私の家は、江戸時代は錦小路の焼麩屋でした。

お公家さんとお武家さんとの駆け引きの場面では、野次馬のように「大変やなあ」と高みの見物気分で読みました。

読み返しても、京都人とは違う視点でズバッと書いてあり、気持ちいい。


わが師の背中は、まだ遠く感じます。

少しでも近くになるよう、今年も精進します。


『春にもの思う春』は、白洲正子さんのお喋りを聞いているようで、和歌への親しみがわいてきます。