京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

芸術家の親子関係/「難しい子」と付き合う。

こんにちは。
毬紗です。


映画「gifted」を見ていて、母との日々も、思い出しました。

私は「難しい子」でした。

幼稚園のとき、カラスが宙返りする絵本を読んで、母が目を離したすきに、高い台の上から宙返りをしようとしました。

いきなり宙返りできるはずもなく、顔から落ちました。

周りは驚いていましたが、私は、なぜ大人が驚いているのかが、わかりませんでした。

今日は失敗したけれど、もう少しクルッと回れば、成功するかもしれないと考えていました。


神経過敏で、白昼夢を見ていることが多く、いつもボンヤリしていました。

風で、部屋の埃が動くのが気になりだすと、じっと見ています。

独り言をブツブツを話しながら、長時間同じ絵を繰り返し描く子供は、不気味だったと思います。

「紙の真ん中に線を引いて2分割し、左側の右端の上から、女性の横顔を描いていく」という、厳格なルールがありました。

何時間でも、独り言を話していました。

泣き出すと止まらず、終いには母が呆れたように私を見ていたのを、覚えています。


高校は、ほとんど行けませんでした。

ある時期から、教室で座っていることに耐えられなくなりました。

人間が1メートルも離れずに、長時間密着して過ごすことに、強い違和感を抱いてしまったのです。

原因不明の熱が、毎日出ます。

2年生の途中で、中退しました。

その後、画家になり、大学入学資格検定に合格して、芸術大学の通信制に入学しています。

すでに公募展や団体展に入選してたので、日本画科には入りませんでした。


母は、私が何を考えているのか、わからない。

私も、母が何を考えているのか、わからない。

高校へ行かずに、京大生たちと遊び、部屋は哲学書や画集の山です。

家に帰るとピアノを何時間も弾き続ける。

お互いに「良かれ」と思ったことで、傷つけ合うこともありました。


アーティスト志望の方の話を聞いていると、親子関係がうまくいっていない人が、とても多いのです。

意思の疎通ができていません。

ですがそれを「私たちは親子仲が悪い」と決めてしまうのは、違うと感じています。

私が母とのコミュニケーションで難しく感じていたのは、共通する言葉、共通する世界を持たなかったからです。

仲が悪いとは、思っていません。

むしろ、母との葛藤の中で、私の芸術性は、より厳しく磨かれたと考えています。

空想癖のある気質を助長せずに、

「人として、ちゃんとしなさい」

と厳しい態度で接してもらえたからこそ、今の私があります。

そうでなければ、空想の世界だけを生き続けていたかもしれません。


もう1つ、私に救いがあったのは、画家の先生たちが、私の世界観を理解してくださっていたことです。

「才能がある」

「頭がいい子」

問題児扱いではなく、高く評価してくださっていました。

先生方の中にも、若い頃に、同じような体験をされた方が多くいらしたのだと感じます。


母とは今でも、本心からの話は、ズレまくります(笑)。

ですが、それでも私を大事な子供として育ててくれたことを、心から尊敬しています。

母の、渾身の子育てが、私から、次の世代へ受け継がれています。

私も、世界レベルの物理の研究をする娘の話は、さっぱり分かりません。

ですが母と同じように、

「生活は、きちんとしなさい」

「愛が足りないときは、ちゃんと甘えなさい」

と、娘に語りかけています。

さて、どこまで通じているのやら。