京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

夢を見せる世界の裏側にこそ、本物の芸術がある。

こんにちは。
毬紗です。


メールのお返事の、補助の記事です。


芸術家を語るときに、真実は、ほとんど語られません。

部外者が語る芸術家は、誇張されています。

常識はずれの奇妙な行動をして、恋愛にだらしないイメージだったり、あるいはいきなり才能が見出されて、天才と呼ばれるようになったり。


マスコミの作ったイメージを信じて、芸術の世界に入り、

「え、そこまで売れないんですか!」

「え、そこまでキツいんですか!」

「え、そこまで地味なんですか!」

と驚く新人さんは、多いのです。


芸術家は、イメージ戦略として派手な振る舞いをすることもありますが、「禁欲的で、起きている間はずっと働いている」という人が残っています。

お酒をたくさん飲むイメージは、作られたものです。

コンスタントに活躍している人で、お酒を飲む人は、アルコールに強く、飲み会後もすぐに制作できる人たちです。

ベレー帽も、かぶりません。


芸術の世界に限っていえば、シンデレラ物語はありません。

コネクションと、お金と、大人の様々な思惑が絡んで、シンデレラのような物語を作っているのです。

制作は、地味な作業の繰り返しです。

芸大、美大を卒業しても、芸術家として食べていける人は、

「1つの大学で10年に1人」

と言われています。

「10年に1人」から漏れた人のほうが、圧倒的に多いのです。

漏れた人で、制作を続けたい人は、芸術とは違う仕事や、学校で教える仕事などをして、活動を継続しています。

時間的に厳しく、家計も圧迫していくので、家庭を持ったらやめていく人がほとんどです。


芸術の仕事は、ほとんどが報われない仕事です。

自己満足を、どこまでも突き詰める仕事です。

不安になりますし、精神の病になる人も多いのです。

今の時代は、年齢を重ねるほど、作品は売れなくなります。

過去から鑑みても、芸術家は、なろうとしてなるものではないのです。

なるべくしてなる人たちばかりです。

「なるべくして」は、優れた才能があるからではなく、ほかのことができない、もうそれをするしか、どうしようもない状態の人に見えます。


こういう、報われなさ、仕方なさが見えたときに、初めて、芸術家としてのスタートに立つように思います。

マスコミで作られたような、夢のような作家人生はやってこないと納得したときに、一生をかけて作るべきものが見えると感じます。

それは、作ることの幸せだけに、焦点をあてられたときともいえます。