京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

川端康成も、祈る人。

こんにちは。
毬紗です。


祈りのポーズについて、記事を書きました。

b-k.hateblo.jp


ノーベル文学賞受賞者の川端康成(1899 - 1972)も、祈る人でした。

川端は、エッセイ「私の文学」のなかで、自身の生い立ちとからめて、祈りについて書いています。

3歳で孤児になった経験から、祈りの習慣が生まれます。


引用しますね。

 私の二歳に父が死に、三歳に母が死んで、みなし子となったが、私の孤児は、私について言う論者の全てが刺す点で、今、七十歳になっては、孤児でもあるまいとの思いはあっても、私は論者にさからいはできない。私自身がずいぶんとその感傷にあまえた少年であっただろう。また、感傷は奥にも入って、病根を植えているだろう。
 しかし、私の人生でのもろもろのありがたいめぐりあいは、孤児であったから恵まれたのではないかとおも思う。恥ずかしい秘密のようなことであるが、天涯孤独の少年の私は寝る前に床の上で、瞑目合掌しては、私に恩愛を与えてくれた人に、心をこらしたものであった。そのような人に、私は終始、つぎつぎとめぐりあいつづけて、絶える時がない。今も私は時折り寝床のなかで、なんとなく合掌するくせにでることがあるが、神仏に礼拝するのではなく、やはり感謝に礼拝する思い出ある。

川端康成『一草一花 現代日本のエッセイ』講談社文芸文庫より


西洋の祈り神への祈りです。

川端少年の祈りは、周りの人と、自身の心へ向かう、人間への祈りです。

人間に祈ることは、東洋的です。

仏教では、人はみな、等しく仏性を持っています。

ひとり寝床に座り、人の清らかなものへ祈る少年へ、世界の文学賞が舞い降りてきたのです。


東洋思想に興味のある方へ、お勧めです。