京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

「◯」は円相(えんそう)と読みます

こんにちは。
毬紗です。

かずえ先生の「夏越の祓え」のタイトルに、「◯」が!

おそらく茅の輪のことなのですが、禅語を調べていた私は・・・


「あれ、◯(円相、えんそう)だ」

と読んでしまいました…\(//∇//)\


◯(円相、えんそう)とは、文字や言葉による表現を超えた、完全性を表す形象です。

欠けるところがなく、円満や、絶対的真理を象徴しています。


例えば・・・


「◯」があって、「我が心 秋月に似たり」と賛(絵に添えられる文字)がある場合は、◯は月を表現しています。


ほかにも、円相を使った禅語に、

◯ 是れ什麼ぞ(是什麼とも書く。読みは「これなんぞ」)

があります。

大意は、「あなたは、◯をどう見る?」ということです。

禅語辞典には、「◯ 是れ什麼ぞ」について、

円相とは、無に徹した静寂なる境涯は言葉や文字で表現できないが、これをあえて「◯」で書くことで示したもの。あらゆる属性を拒絶しながらも一切の徳を円満しているすがたでもあり、仏性や真如を表すとも解釈されるが、大円境智(この上ない悟りの智慧)や明月、絵に画いた餅などにも見立てることができ、見る人によってさまざまな意味が生まれる。「これ何ぞ」とはそれを問う言葉であり、円相に何を見るかにより、その人の境涯が露わになる。

有馬頼底監修『充実 茶掛の前後辞典』淡交社 平成28年

とあります。

ちなみに、私が在校していた当時の、京都市立銅駝美術工芸高校の日本画科では、1年生で、「◯(円相)」の運筆をお稽古していました*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

どんな絵よりも、画力の差の差が、一層クリアになります。

無心になって◯を描くのは面白かったですが、ある意味で、怖い授業でもありました。