京都御所南 Gallery ICHIHARU アートお喋り空間

教養は一流の人脈をつくる。京都のアーティストが超一流の人生から学んだ、実学の教養空間。

京都で美の才能を極める

こんにちは。
毬紗です。


京都人同士でも、「京都は、こわい町や」と言います。

教養も、美意識も、洗練され尽くしていて、当たり前だからです。

一流の教養と美意識を「普段使い」にするために、自分を磨き続けることが、京都人の「普通」です。

大人になっても、叱られて、恥をかきます。

今でも精進の日々です。

京都で勉強するのは、すごいことだと、感謝ばかりです。

続・分相応は身を守る/成功者の影を知る

こんにちは。
毬紗です。


目の治療が、思った以上に良い結果になっているので、調子を見つつ、記事をアップしていきますね。

読書は、まだできないので、Twitterの読書記録はお休みのままです。


さて、アーティストとして成功する時にも、とても大事な「分相応」の話です。

思いがけない大きな成功をした後で、家族や周りの人に災難が降りかかるという話は、裏では当たり前のように言われています。


「一流の成功者と親しくなりたい」と憧れる人がいますが、成功者よりも、あなたの人間的エネルギーが弱い場合、あなたに成功者の「負」が降りかかり、トラブルに見舞われることが多いのです。

成功者の「負」を、あなたが代わりに背負うのです。

ですので、

「まずは自分が、親しくなりたい成功者と同じ立場になってから、出会った方がいいですよ」

と伝えています。

これは、自分や家族の身を守るためでもあります。

同じ立場になれるほどのエネルギーがあれば、負を避けることもできます。

手の届かない憧れの人と親しくなるのは、一見、自分も成功に近づいた気がするのですが、本当は要注意なのです。

実例は書けませんが、その後の人生が狂ってしまった人を、何人も見てきました。


私のご先祖さまも、とても大きな成功をしました。

もちろん、例外ではありませんでした。

ですので私は、自分の器以上の成功には、かなり警戒します。

今回の展覧会も「作品完売」という嬉しい結果になりました。

アーティストための、販売戦略のコンサルティングをしているので、売れるノウハウは知っていますが、運もあります。

「ここぞ」というときに、運を引き寄せるためには、何をしたらいいのか。

普段のなかで、気遣います。

「アートの仕事で豊かになりたい」と願っていたので、これまでに、好きなアーティストさんの作品を「買う」「応援する」ということを、実行してきました。

「先払い」の発想です。

ですので、完売なのですが、自分が買ってきた作品の数を考えると、

「やったことが、返ってきた」

という「因果の法則」そのままです。

無理がない、自然なことが起こっただけなのです。

これが、「自分は他の人の作品を買わないし、応援もしてこなかったけど、作品がバンバン売れた」となると、そのあとが怖いですね。


この話は、とても大事なので、アーティストのためのコンサルティング「ICHIAHRU ART」のセルフ・プロデュース講座でも、さらに詳しく伝えていきますね。

「日本画家に天才はいない」という意味

こんにちは。
毬紗です。


質問の、お返事代わりの記事です。


京都日本画家協会から、協会展の出品の案内が届きました。

日本画家」というジャンルにいることを、改めて実感します。


私の日本画は、近代以降に見られる、抽象的な造形を多く使う技法を採用しています。

ですが、画材や絵具は、平安時代の絵巻にも使われるような、古典的なものが主流です。


私は、日本画のロジカルな面が好きです。

様式があり、画材の制約があるのが、面白いのです。

運筆がデタラメだと美しい画面になりませんし、絵具に入れる膠の量が多くても、少なくてもいけません。

訓練の必要な絵画だからこそ、いつまでも飽きません。


以前、中谷塾さまの【遠足塾】で、日本画についてお話をさせていただいたときに、

日本画家には、世に言われるような『天才』は存在しません」

と言いました。

私の、まったくの持論です。

反対される方も、多いでしょう。

これは、明治時代に西洋から「輸入」された「天才論」をもとにした考えです。

こちらの本が、参考文献になります。


日本の美術業界は、明治時代にブームになった天才論に基づいた、

「熱狂的で、自然に発露する、独自の才能」

を評価している傾向がありました。

私も若い頃は、狩野派のような、「様式」を継承することに対しての評価は、「天才論」のきらめきの前では、色褪せるように感じていました。

ですが、様式という制約のなかから、新しいものが生まれることもあります。

俵屋宗達尾形光琳酒井抱一と、次々と私淑で継承されていく「琳派」に、日本独自の、芸術の「熱狂的で、自然に発露する才能」をみることができます。

継承によって、天才的と言える仕事が生まれています。


15歳から、日本画を描き続けてきました。

若い頃は、ロマン派的な「天才」に憧れたこともあります。

ですが日本画では、独自性の追求に重きを置く画家ではなく、伝統的な様式を追求したなかから、次第に独自性を開花させる画家の作品が、後年も高い評価を得ている事実があります。

「自分の才能を主にする『天才』に憧れるのではなく、『日本画』という技法、様式を軸に制作することが、芸術性の高い作品が描けるのではないか」

日本画の世界で、先人たちの絵から学び、先輩たちの行き方を近くで見せていただいた経験からの、実感です。